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【ゲーセンの中の人インタビュー】a-cho(京都府京都市)松山さん

京都府京都市中京区、四条河原町近くにあるゲームセンター「a-cho」。かつては、本当に多くのゲーセンがあった地域の一つです。

a-choはこの場所で約4半世紀営業しているゲーセンで、古くからのゲーセンユーザーにもよく知られているお店。

今回はそんなa-choの店長「松山さん」に、a-choと松山さんの四半世紀についてお伺いしてきました。ぜひ最後までお読み下さい!


a-cho

京都府京都市中京区東大文字町302・303 2F&3F Aブレイクビル

a-cho Twitterアカウント

“普通”のそのままの流れで、a-choに来てしまった(笑)。

あまりこういう場で自己紹介とかしたことがないので、悩みますね(笑)。

松山と言います。学校を卒業して、19歳でa-choにアルバイトで入りまして、それからずっとココで働いてます。今44歳なので、25年くらい居ますね。入社8~9年目に社員になって、その後店長になって、それから10年くらいたつかな?と思います。

趣味というか好きなものというかで言えば、ゲーセンのゲームが大好きでずっとプレイヤーしていますし、テーマパークのガチのオタクでもありますし、飲みに行くのも大好きですし、…遊ぶことが大好きって感じですかね(笑)。でもこうやって好きなものを並べてみると、全部体感できる場所だから、そういうのが好きなのかもしれないですね。

子供の頃から今までずっと京都に住んでまして、業務ゲームに最初にハマったのはレースゲームですかね。小学生の時、洛西にある子供向けゲームコーナーにあったリッジレーサーをやって、そこからハマりました。ゲームコーナーには親と行くんですけど、親が100円だけくれるんです。それでプレイしてました。僕らの小学生時代ってファミコンからスーファミブーム全盛期で、周囲もゲームよくやってたんです。だから親もそんなにゲームに抵抗ないっていうか、無理な制限をしないというか、あって当たり前というかという感じでした。

他にも、スーファミでやったストⅡきっかけで、格ゲーにハマりましたね。格ゲーって面白いんだなって知って、ただ当時僕がよく行くお店にある格ゲーは、大半がSNKでした。当時の業務用ってSNKが安かったんですかね?(笑)。カプコンは殆どなくて。だから格ゲーはSNKメインでプレイしてましたし、ハマってましたね。

大阪の高校に進学した後、実家の西京(区)から通ったので、乗り換えで桂駅を通るようになり、途中下車してよく遊ぶようになったんですね。というのも、当時、桂に“キャロットハウス”っていうアミューズメント施設があったんですよ。ゲームメインなのかカラオケ屋なのか、ちょっとよくわからないみたいな感じのお店で、“最新のゲーセン”という感じでは無かったんですけど。そこによく集まってゲームやってましたね。あと、この高校が問題でしたね(笑)、なんと学校の前にゲーセンが5個くらいあるんですよ(笑)。先生にバレなかったら良いってことで放課後にもよく行きました(笑)。しかも、その高校はお金持ちの家の子が多い学校だったから、僕の家は貧乏だったけど「友達と遊ぶのにはお金がかかってしまうから」っていう理由で、親からある程度のお小遣いを持たせてもらえてた。だからゲーセンに行けたんですね。その時やってたのは…KOF94から97あたりかなと思います。

その頃は、この辺(注:四条河原町)も含めてゲーセンの数が多かったんですよね。ちょうど出来たばっかりの関大前チャレンジャーとか、ABCとか。僕らは毎日ゲームやっててゲーセンに行くのが“当たり前”になってたので、もはや“ハマってる”からとか“好き”だから行く、とかそんな感じも無かったですね。もう本当に普通、それが日常だったんです。初代ビーマニが出た時には「かなり話題になってる新しいゲームがあるらしい」ってどこからか聞いて、ナムコワンダータワーで友達と行列に並んだりとか。コンシューマゲームもセガサターンとかでやってたんですけど、もう、圧倒的にゲーセンのゲームのほうが出来が良い。だから、家庭用ではロープレをやって、格ゲーはゲーセンでっていう感じで、ゲームやってました。まあ、こういう感じで、関大前にいることもあれば桂にいることもあるし、(京都)市内にもいる、みたいな、友達いてゲーセン行ってっていうのが普通、当たり前。あんまり治安はよくなかった記憶はあるし、つるんでた友達も尖ってた記憶があります(笑)。今もその頃の友達と付き合いありますけど、みんな丸くなったなぁって思いますよ(笑)。で、その“普通”のそのままの流れで、a-choに来てしまったって感じです(笑)。

バイトをはじめてからは、更に、もっと、ハマりましたね(笑)。

当時そうやって遊んでいた仲間の一人に、どこのバイトの面接も落ちてたやつがいたんです(笑)。50 回連続とか落ちてるやつで、そいつが唯一面接通ったのがa-cho(笑)。で、みんなで「あいつが面接通ったで!」「そんなやべえ店ってどんなとこやねん!」っていうので、仲間みんなでa-choの面接を受けました(笑)。で、やっぱり自分たちも受かった(笑)。本当に「そいつがまさか受かるなんて」っていうのがかなりあったんですよ(笑)。

その後一緒に入った仲間は1年たたずに皆辞めていって、最後残ったのは僕なんですけど、僕はa-choに入ってすぐから週5くらいフルタイムで、シフトに入っていました。当時はお客さんが本当に多かったから、バイトのシフト人数も多くて。朝勤バイトだけで5〜7人いましたね。更に社員さんもいますから、フロア全員で9人とか入ってました。夜シフトも同じ人数いましたし。まだ店舗は2Fだけ(※注:今は2Fと3Fの2フロア)だったのにそれだけ入っていたので、今と比べるとかなり人数は多かったですね。

当時のa-choはメダルゲームも置いていたので、それも要因かなと思います。フロアの半分がメダル、残りがビデオとプライズって感じでやっていて。メダル運営って結構なバイト人数が必要になってきますよね。カウンター常駐必須ですし、よくエラーも出ますし、まだメダルバンクもないので全部紙でしたし。運用がめちゃくちゃ手作業だからかなり手を取られるので、5〜6人必要だったんです。ちなみにメダルの一番人気は、ウェスタンドリームだったかな。この機械、中を見たら線まみれで(笑)、壊れやすかったなぁ。

当時は、入社してすぐのアルバイトスタッフは、ゲーム機の鍵はまだ持たせてもらえないんですよ。まずは掃除から覚えて、鍵を持たせてもらうまで 1 ヶ月、とかでした。店員の入れ替わりもある程度あったし、お客さんの人数もすごく多いので、まず最初の、メインの業務といえば、清掃だったんですね。でもずっと、バイトが苦痛とかは一切なかったですね。ウチのお店はめっちゃ強いプレイヤーさんもよくおられたし、もちろん業務が終わればゲームできますし。僕も自然な普通のゲーセンプレイヤーとして遊んでるので、いろんなユーザーさんが来てくれて、仲良くなって。楽しかったですね。

僕は元々ゲーム好きでしたけど、バイトをはじめてからは、更に、もっと、ハマりましたね(笑)。強い人のプレイって、仲間内で知ってるようなレベルのプレイじゃない、それを間近で見られますからね。

その時ハマってたのは月華の剣士、餓狼伝説とかそのへんのSNKのゲームでした。ゲーセンに出勤してバイト終わったらゲーセンでゲームしてまたゲーセン出勤して・・・、ってまさにゲーム漬け。まぁ、これは、SNKが悪いんですよ(笑)。面白いゲーム作るし(笑)、初期のSNKは簡単だったから入りやすかったし。(カプコンの)ストリートファイターはキャンセル有り・投げハメ有りみたいなちゃんと対戦できるゲームだったんですけど、SNKの初期・94〜95くらいの頃ってめちゃくちゃ大味で(笑)。大キック・大パンチ・波動拳(コマンド)でピヨる(※注:一方的に連続で攻撃が当たると、当てられたキャラが一時的に気絶状態になったり朦朧とした状態になり、一定時間操作できなくなる)っていう。大味だったんで、逆に言えば、そんなうまくなくても入りやすかったんですね。そこから格ゲーに慣れていって。逆にストリートファイターもやれるようになりました。僕は、格ゲーは金髪イケメンキャラが好きで(笑)、ギルティギアはゼクスまでやりましたけどカイ使いですし、バーチャファイター4も面白くて激ハマりしましたけどリオン使ってましたね。

格ゲー以外にもいろいろやりましたよ。ダビオナは結構やりこみましたし、レースゲームでいえばアウトラン2、イニシャルD。イニDはいち時期、秋名の下りで京都1位をとったこともありました。アウトランも1コースだけ、全国3位取ったこともありましたね。常連さんにすごい速い人がいて、その人と秋名の下りを競りながらやってたりしてたらそうなれました(笑)。他は、ミスタードリラーとかやってました。ウチ今もドリラー置いてますけど、暇つぶしになるのか意外とインカム入るんですよ。

勝手にアルバイトリーダーにされたんです(笑)

バイトから社員になるまでの間、8〜9 年ありましたけど、特にやめようとか思ったこともなかったですね。ゲーセンという商売の環境が一番良かった時期だったのもあります。ガンダムVSシリーズの一作目とかも出てきて本当にゲーセンが盛り上がっている時期だったので、「社会の環境が変わっていっても、ゲーセンって全然イケてるやん。すごいな」みたいな感じでした。

そうやってアルバイトで働いてたら、途中で、勝手にアルバイトリーダーにされたんです(笑)。勝手にリーダーにされてて勝手に仕事増えてて(笑)、仕事増える割には時給は30円ぐらいしか上がらないんですけど(笑)。

増えた部分は、中間管理職的な役割なんですかね、みんなに対しての教育とか、朝礼での共有だとか。社員さんに、何か共有が必要な話があるか聞きに行って、それを僕からみんなに共有したりとか。勝手にバイトリーダーにされましたけど、「まあそのうち社員になれるならええかー」みたいな気持ちでした。初めての役割でしたけど、適当に、でも自分なりに工夫してやってたら、いけちゃったっていう感じですね(笑)。面倒くさいなって思う面もあるけど、その分深く潜らないから苦にもならない。僕はあまり悩まないタイプっていうか、決断力があってっていうより、ちゃらんぽらんな方向であまり悩まない(笑)。まぁいいか、自分なりにやってみようって感じのタイプです。そういうタイプが功を奏したのか、9年目くらいで社員になりまして。そこで仕事内容は、もう全然、全く変わりましたね。

社員になって最初ビデオ担当になりまして、業者さんとの商談とか、AOUのゲームショウ、プライベートショウに参加したりとか、買付や入れ替え、売上管理などなど、“ビデオの売上をあげる仕事”をしてました。僕自身は、社員の方が色々やれるし、いろいろ知ることができるしで、社員になれて楽しかったですね。

ちょっと脱線しますけど、ずっとどうしても不満だったことが一つ、あったんです(笑)。SNKのゲームって、僕らがプレイはじめた頃って、Candy筐体に入ってたんですよ。ほら、田舎のお店はなかなか、値段の高い筐体は買えないですからね。駄菓子屋さんの前とかに置いてあるのは、CandyとかminiCandyばっかりでしたからね。でも、この辺(四条河原町近辺)になると、セガさんの、値段の高い筐体ーアストロとかブラスト筐体に入ってるんですよね。そうするとコンパネの4ツボタンの配置が、ボックス型なんです。で、Candy筐体だとL字配置でしょう。僕はL字に慣れて育ったから、ボックス型しか無いことに腹がたってた(笑)。なので、自分が社員になった時に、勝手に切り替えスイッチ買ってきて、L字配置とボックス配置を切り替えられるようにしました(笑)。プレイヤーとしての僕が、ボックスではプレイが難しかったので、自分のためにも(笑)。そういうボタン配置の違いとか、当時からゲームやり続けている自分としてはやっぱりしっくりきてなかったので、プレイヤーが店員になった時のメリットというか(笑)。バイトだとなかなかできないんですけど、社員ならできるんで、そういうのも楽しかったですし。大会とかも好きに開催できますしね(笑)。ちなみにウチは今でもSNKは、L字とボックス型の切り替えは対応をしてます。最初の試作品を僕が作ったのを、あとはスタッフが量産してくれるので。

社員になってから3年くらいで主任になって、その2年後に前の店長が辞めるってなって、僕が店長になりました。ちなみにその、辞められた店長は、景品が大好きで、自分で景品関連の商売したいってことで、今はプライズの卸をされてまして、ウチも取引あるんですよ。そういう感じなので、僕結構店長やって長いんです。

大会は、僕がa-choに入る前から既にやってたみたいなんですよね。定期的にやってたみたいで、でも全然人が集まらなくて。そのうち、ウチの社員の1名がビートライブ(VFR)に入って。それで初めてでかい大会できるようになったんです。これがもうめちゃくちゃインカム入って。こんなに儲かるんだ、やっぱり大会はやれないとダメだねってなって。

で、僕がSNKが好きだからっていうので、常連さんとまずは身内で定期的に大会やってみようということで、アルバイト時代から始めました。社員になってからはもう別の人にマイクわたして企画だけしてますが、アルバイト時代は自分でマイク持って大会主催・運営やってましたよ。

ウチは、常連さんがバイトになってくれてたりするんで、大会運営できる人が多くて。例えば、僕がギルティギアとか月華とかやってた時、常連さんに、将来的に闘劇の実況をやることになるような方が来ておられたんです。僕はギルティ時代にその方と一緒に帰ったりして仲良くなってまして。ある時その方から「ランバトっていうのがあるからそれをやってみたいねん」って相談された。「良いよ」と返事しまして、その後暫くはその方が、常連客として開催してくれてたんです。で、あるタイミングで「これ、客じゃなくて店員としてやってくれよ」って打診しまして。それでアルバイトで入ってきてくれました。

他にも、ZERO3の、カプコン界隈で有名なプレイヤーさんで、いろんな大会手伝っておられた方もおられたんですけど、僕の先輩社員が、大会担当専用のアルバイトという形で引き抜いてきた。そこに、VF2界隈で有名な方も加えて、3人で、大会回してくれましたね。これが、毎回闘劇にも協力店舗として派遣している3名でしたし、皆さんには“実況も豪華だ”とも言って頂いていたみたいでして。とある有名プレイヤーさんには「決勝までいくと、◯◯さんに実況してもらえる」「それを動画に残してもらえる」「それが目標」とまで言ってくださる方もいらっしゃったりして。こっちは身内なので「本当に?」って思いつつ(笑)、有り難いなって思いますね。そんな感じで、徐々に、人で人を集められるような形になってきました。

自分が押し進めたプリントシール機コーナーが、店の転機になった

プリントシール機を始めたのは、お店にとっても僕にとっても転機だったかなと思います。プリントシール機は、僕が意思をもって結構押し進めたんですよ。ウチの店員はゲーマーばかりなのもあって、元々は1台も入ってなかったんです。ただ「絶対あったほうがいい」って、珍しく自分で押し通したのがプリクラでした。

コロナになった時に、ビデオゲームでは人を集められない・大会ができない、ってなって、皆さまにご寄付をお願いしたこともあったんです。で、その頃、いろんな所に出ていけないってなって、中高生の楽しみが唯一、“友達とちょっとプリクラ撮って帰ろう”ってくらいしかないって時期があったんです。

その時にものすごくウチのプリクラの売上が上がって。正直ビデオだけで運営してたら多分、ヤバかったと思います。あの時、プリントシール機を押し進めておいてよかったなと。あれを自分がやっていたのは、お店にとって大きな転機だったなって、思いますね。

僕、テーマパークオタクなんですよ。USJとかラグーナとかディズニーとかああいう。大体年パス持ってて、休みに日帰りで行ったり、USJなら勤務終わりにふらって行けるしっていう感じで。“会社帰りにゲーセンに行く”みたいな感覚で、会社帰りにUSJ2時間だけ行ったりとか、テーマパークもゲーセンも同じ感覚。パークが混んでる土日とかも“ゲーセンで大会ある日”みたいな感じで思ってますし(笑)。

で、各テーマパークのオタクも、ゲーセンと同じ感じでオタク同士、繋がっていくんですね。繋がっているグループで新情報の交換ができたりとか、行かない間にもグループに情報流れてきたりするんで、すごく詳しくなれるんですよ。更にテーマパークオタクってわりと若い人が多くて、なので若い人たちとよく絡むんです。その話の中で「プリクラってどうなん?」って聞かせてもらってるうちに、「ウチいけるんじゃないか?」っていうのが出てきて。はじめの頃は撮りたい機種とか仲間内で人気の機種とか教えてもらって、「どんなふうにしたら流行るかな?」とか聞きながら、いける確信が出たので、押し進めようと思えましたね。

いろいろ教えてもらいましたよ。今はどこもやってるんですけど、アイロンとかコテ。あれを置きはじめたの、ウチはめちゃくちゃ早かったと思います。どこかの店が既に置いてたのをその子たちが知ってて言ってくれたのか、どこにも無かったから自分たちがほしくて言ってきたのかはわからないですけど、ただ僕たちにはそんなものを置くなんて想像つかなかったことでした。だから10代とかの若い人たちと繋がったのが大きかった気がしますね。

コロナ渦は特に、プリントシール機コーナーがあったことで、結構柔軟に対応ができました。その時その時で、お店に来てもらえる人たちの客層にあわせて、「あっちにきたから力をいれる、こっちが動いてきたから力を変える、あっちが死んでるから今はこっちでいく」みたいな。Go To トラベルがあった時にプリクラのおかげで本当に助かりましたし。本当に幅広く対応できたので、それが無かったら本当に危なかったですね。

「店長として」みたいなのが、僕は逆にないんです。

ウチ、一回働くと長い人が多くて、だから仲良い人が多いんですよ。アルバイトで「短期やな」っていう人が3年とかなので。単純にみんなゲームが好きだったりして、仕事終わってからも 5 時間ぐらい喋ってる時ありますもん(笑)。ご飯食べながらでも良いですし、事務所でだべったりとか、そういう居心地が良くて。昔のゲーセンって、閉店したあとシャッターの前で、常連がたむろして喋ってる、そこからコミュニティができるみたいなのあったと思うんですけど、あれを僕らは店員もやってるって感じです。それでみんなやめなかったんだと思います。

入社のほうも、アルバイトを特に募集してなくても、定期的な大会に来た人が「入社したい」というような流れができてたんです。別に募集広告とか出さなくても「ゲーマーでバイトしたい人がおるよ」みたいな。それでゲーマーが入ってきてくれて。で、そういう雰囲気の店員がいるお店だから、ゲーマーがもっと集まる、みたいな循環で、それで染まっていったっていう。

ウチのメンバーの好きなものっていうと、やっぱりみんなゲームが好き。古いメンバーだとビデオゲーム、もっと古いメンバーだとシューティングゲーム。新しいメンバーだと、スト6のためにPC買って朝までやってて毎日眠いっていう人、モンストずっとやってる人、漫画・アニメが好きな人で「“ぼっち・ざ・ろっく!”の景品は絶対入れる!」って言って入れた人とか。JOJOとかメイドインアビスとかメガテン(女神転生)とかちょっとコアなコンテンツ好きの女性社員とかもいますね。Vtuberの配信見ながらゲームしてる人とか。そんな人ばっかりです(笑)。

メンバー同士は本当、よく話しますよ。僕もよく一緒に話します。「新しいゲーム出るけどどうすんの?」「もう予約しましたよ」みたいなこととか、最近はコロナで行けてないですけどご飯もよく行ってますし、飲み行ったりもしますし、自然に。自然な流れで「ほないこか〜」みたいな感じですね。昔の社員とアルバイトみたいな関係でも行ってましたし、もう巣立った人もいるし、人件費の問題で辞めてもらった人とかもいますけど、未だに酒飲みに行ったりとかします。ほんとツレ、って感じです。自然に普通にしゃべります。意識的に「店長だからメンバー連れて行こう!」とかじゃなくて。

なんだろうこう「店長として」みたいなのが、僕は逆にないんです。自覚がないんで(笑)。まだバイトぐらいの感じっていうか、むしろ社員なのか?(笑)。自然ですね。本当に自然。結局でもそういうのがいいかなって考えてます。アニメとかゲームとかも含めて、普通にしゃべって、今度USJ行くっていう社員にテーマパークオタク情報流してあげたり(笑)。

一方、人件費削減で店員を削減する・やめてもらうっていうのは、いやもう、この時代、仕方ないですねもう。コロナがやっぱり大きかったですね。何がってやっぱりまず、大会を開くことができなかった。大会やめてしまって、人が集まる機会が無くなってしまった。で、プリントシールとかプライズとかに関しては、人が出てこないとどうにもならない。今は、プリントシールとかプライズはどちらも盛り返してきたけど、ビデオは相変わらず戻らない。ちょっとつらいですね。

ビデオゲーマーの人たちが家庭用の凄さ・面白さに気付いたのでは?

僕は、ビデオゲーマーの人たちが知らないふりをしていた“家庭用ゲームの凄さ・面白さ”に、コロナ中に、気付いちゃったんじゃないか?って思ってますね。今までは、アグレッシブに硬派に「俺はゲーセンでやるんだ」「ビデオゲームといえばゲーセンだ」ってストイックにやるぜみたいな人たちが、家庭用の凄さ・面白さに薄々気付いてながらも手をだしてなかったんじゃないかな、と。で、コロナで半分強制的に家庭用しかできなくなって、家庭用やってみたら改めて面白さに気付いた、みたいなことがあるんじゃないかな。

僕が言うのもなんですけど、PS3とか4くらいの時から「家庭用の方が性能良いのに、何でゲーセンに来てんねんやろ?」っていうのはありました。明らかに家庭用の方が出来が良い時代になってきてるのに、何故かわざわざ対戦会に来てくれたりとかどういう考えなんだろうっていうのを。ゲーセンに居る方が楽しいなのか、ゲーセンのゲームの方がカッコいいなのか。昔は“家庭用の方が軟弱”っていうイメージがあった時代もありましたから、その人達がストイックにゲーセンだろう、なのか。その頃の対戦格闘って、対面台でバチバチでどつきあうっていうのだったから、負けたら絶対勝つまでやる!みたいな人が多かったんですけど、家庭用だとそこがなかったのでどうしても家庭用は軟弱みたいなイメージがつきまとってたんですけど、その頃の人たちがアツい思いを持ったまま、わかっていながら家庭用に手を出してなかったようなことがあるんじゃないのかなって。でもコロナの時は家でやらざるを得ない。実際家庭用やってみたら、「見て見ぬふりしてたけど、やっぱり面白かったわ」っていうことなのかな?とか考えたりはしますね。

まぁ顔を見られる、実際に会ってゲームできる楽しさは、ゲーセンにはあると思うんです。だから1 週間に 1 回は対戦会設定して、その1日だけはゲーセン来る、その日だけは顔あわそうぜ、になってますよね。前みたいに、毎日会うとかなんとなく夕方から毎日集まってくる、みたいなのは落ち着いたなぁっていう印象です。昔は「毎日、この時間この人いはるな」っていうのあったんですけどね。

なので、ビデオはそういう感じでやっていこうかなって感じですね。無くす気はないので。そのためにプリントシール機をやってるんで。

僕がやれることはちゃんと全部やっていくだけ

今のゲーセンは、やっぱプリクラとかプライズがメインになっていると思います。ビデオゲームを置いているところは殆どないですし、クレーンゲームの方が売り上げが良いですし。ビデオゲーム置くためにはクレーンゲーム置かないといけないようになってますよね。ウチもビデオゲーム置くために、プリクラとかクレーンゲーム置いておかないといけない。

ウチでいうと、今ビデオゲームをまだ好きでいてくれる人を繋いでいこうと思うと、シューティングゲームを置くのも必要なんですよね。ラインナップも更に充実させようとしてますし、連休とかはイベントしたりもしてます。あと何故か今テトリス流行ってるんですけど(笑)。

ただ、“ゲーセン業界全体での流行”もほしいですね。最近アーセナルベースを設置しまして、後発なのでとにかくやってみよう!って6月の全日曜は大会開催店舗にしたりしたんですけど、やっぱり業界で流行りが無いとって思いますね。そういうのは艦これが最後だったのかな。

ウチの話だと他に、プリントシール機増やしまして、11台になりました。観光地にあるお店なので、プリクラが強めなんです。今、この周辺のホテルが、レンタル着物みたいな施策をしているらしく。カップルで着物借りて歩けるっていうやつです。やっぱり着物を着ると「写真残したい」って思う人が多いみたいで、そうなると「プリクラ撮りに行こう」ってことで、よく来られますね。なのでウチのプリクラユーザーは若い人ばっかりなので、こうなると古い機械は駄目ですね。もう若い人は絶対最新機。「この機種が撮りたい」っていうのがある。そういうのがしっかりしてるので、ポイントを抑えてちゃんと運営するっていうのが大事かなと思います。

こういう、いろいろ考えてやってますけど、まあでも本社がどう思ってくれてるかはわからないですけどね(笑)。本社と話するときはどうしても、数字が良いか悪いか、どのラインで満足か、とか。長い目で見てくれているのか、我慢してくれてるのか、そういうのは僕にはわからないところもある。だから僕がやれることはちゃんと全部やっていくだけですね。

2023年にゲーセンで働くということ

「ビデオゲームが好きな人ならゲーセンで働くと楽しい」とかはちょっと言いづらいですね。どんなゲームでも好き、なら良いとは思うんですけどね。ウチ限定の話だと、服装自由とか、髪とかヒゲとかも制限無いとか、ビデオゲーム好きな人はウチならまだあるとか、駅から濡れずに来られるとかそういう条件的なことは言えますけど、ゲーセン業界全体で見るとそうは言えないですね。

まあ、でもプライズがあるんで、その今流行りのね。アニメとか知識は得られると思います。逆にそういう人、アニメとか好きな人は楽しいんじゃないですかね。景品たくさん出ますし。半年前にはそういう情報見られたりしますし。

僕は今、プライズ担当なのでそういう発注調整とかをしてます。店長になった時に、それまでやっていたビデオゲーム担当とかも含めて、一回全部現場を離れたんですよ。自分でそういう担当をもたないようにした。んですけど、かなり人件費削減が必要な中で、プライズゲームとプリントシール機は自分が見ようと。だから今結構仕事多いです(笑)。ウチはそんなに置く場所も無いので、かなり絞っていかなきゃいけないですし。プライズ運営して、仕入れして、在庫調整して、プリントシール機見て、それこそ今期・来期のアニメをちゃんと把握してみたいな感じですね。とはいえ、半年後のカタログ見ても本当に何が流行るかなんてわからないですからね(笑)、地獄楽とか。とりあえずちいかわとポケモンは強い!みたいな(笑)。

だから、その辺が得意な人はゲーセンで働くと、今、一番楽しいかもしれないです。例えば“ホロライブのフィギュアが出る”ってなっても、ネットで検索するレベルの付け焼き刃の僕ではわからない。でも、ウチにホロライブ好きな子が居て、その子が知識あるんで「この子とこの子は人気あります!」みたいに教えてくれるので、すごく助かってます。そういうふうに、好きなコンテンツの知識が活かせて、わりと早くそういう情報見られて、でお客さんに実際にプレイされてインカムで結果がわかって、みたいな。そういうところは楽しいかもしれないですね。

業務用ゲーム業界と、ゲーセン運営の面白さ・難しさ

業界全体への感想としては、「食いつぶすのが速いなあ」って感じを受けています。格ゲーが流行ったら格ゲー一色、ワンピースが流行ったらワンピース一色、っていうように、一気に全社が出して市場全部が染まって、一気にお客さん呼んで、当然飽きられるのも早くなるので、すぐ次に移っていく。

同じように、ゲーセン運営の面白さは変化の多さで、それがイコール難しさかなと。プリクラが急にきてくれてうまくいったりとか、プライズがメインになっていってるけどそれに対して対応しないとついていけないとか。聖地化する・ビデオ専門店化していくっていうのはかなりの賭けで、危ない面もある。それだけに頼ってしまうと危険。だから面白さであり難しさであるのが、トレンドの変化の速さかなと思います。a-cho近くにはラウンドワンさんがありますけど、ラウンドワンさんなんかも対応速いなって思いますね。音ゲー一気に出したり、プライズ機一気に台数増やしたり、その分ほかを減らしたり。動き速いなって思います。

だから自分(たち)も、対応できるようにいろんなところに手を出しておかないと、と思っています。ものすごく勉強量が必要ですね。アーケードゲームにしても景品にしても、一応いろんなジャンルを一応見ておく。ウチには関係ないなと思いながらも見ておく。まぁウチの店員はオタクは揃っているので、そこは強みではありますね(笑)。ただプリクラだけはどうしてもみんな苦手で、そこはとりあえず僕がやってますけど(笑)。

「新しいものから古いものまで全部ごった煮」店なので遊びにきてほしい

ゲーセンには、家庭用ゲームとはまた違う楽しさや面白さがあるので、遊びに来てほしいなとは思っています。ウチの場合だと、“クレーンゲーム専門店”や“ビデオゲーム専門店”じゃなく「新しいものから古いものまで全部ごった煮」店なので(笑)、ある意味、ウチならではの面白さがあると思っています。時間帯で賑わっているゲームも変わって、色が変わったりしますし。なので、いろんな時間帯のいろんなゲームをいろんなお客さんと楽しんでもらえたら、嬉しいですね。


松山さん、お忙しい中、ありがとうございました!

変化が速いゲーセン業界だから、ゲーセン文化が発展してきたし、そのためには日々の勉強量が大事。なので一人では難しい分、仲間が大切なんだと感じました。

一緒にゲーセン文化を継いでいけたら嬉しいです!またみんなで遊びにいきます!!

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